吟月先生碑

吟月先生碑

拝殿の右にある小さな林に、小さな石標と並んで大きな石碑がある。そのどちらもが大正7年2月と刻まれている。

吟月先生碑

先生姓竹内名銀太郞號吟月武州北多摩郡砧村人幼而穎悟好學能屬文長而敏于才銳于氣常喜任侠不拘小節年甫十六為朝陽小學校助教後入東京府靑山師範學校有故未卒業而退應徴從兵役為上等兵明治三十七八年戰役屬第一軍會戰實十有四回嘗遇中隊全滅單騎突敵勇名振于隊内外陞任軍曹敍勲七等功七級賜年金若干凱旋之後從事農耕起共樂會指導靑年尋擧為村役場書記助役竟任村長奮勵膺職殊用力於教育殖産成續顯著竟至以納稅佳良得府賞大正六年五月俄病而歿年僅四十古云四十日强而仕先生膐力方强從是益用才與氣以任村治則其成功将有不可測者焉而今則亡矣悲夫門下哀惜不措胥謀建碑錄其梗㮣以傳後昆鳴呼石有時而泐遺德則千歳不朽矣韙哉

大正七年二月 共樂會員撰 上總 白井種德書竝篆額

乙卯共樂會建之

溝口 内藤慶雲刻

石井熊吉

嗚呼竹内君
君𛀙名𛂣
きみ𛀙ほまれ𛂦
いしふ𛃉
父字のうへにも
あふかるゝ
かな

(ああ竹内君、君が名は きみがほまれは いしぶみの 父字のうえにも あうかるるかな)

建碑者連名

  • 會長 渡邊春吉
  • 副會長 鈴木藤次郎

(以下略)